2026年9月21日月曜日

日本の「認知症の日」に小倉金之助『日本の数学』を開く

 

表紙の扉を開くと、「和算は、わが国の学問の中で最もよく日本人の独創性を発揮したものの一つである」と記されてある。









そのはずなのだが、小学生の頃の算数の授業、中学生の数学、高校と和算のことは授業になかった。

中学生の頃、ふとしたはずみで図書館で手にした解析学の本もヨーロッパの翻訳本だった。代数がアラビアからはじまった話を知ったのはこの頃でした。あの頃、関孝和がやったことなどを聞いていたら、また人生がかわっていたかもと思う。高校性になって『塵劫記』のことを知っても所詮、算術の枠の中のことと見做してしまうこともなかったかもしれないと人生を振り返る。

まだ子供だった頃のこと、 Dementia は日本で 痴呆 (chiho) と呼ばれていたのに

 今では、認知症と呼ばれている。

今日、9月21日に思ったので、

それを Gemini に聞いてみると、下記の 2つの事実があるという。

なんだか日本語というか日本文化の変化する実体を日本国民のほとんどはほんとにわかってるのかな?


Key Historical Milestones
  • 1908 (The Origin of "Chihō"): Professor Shuzo Kure introduced 「痴呆」 (Chihō) for Demenz to replace harsher, stigmatizing kanji like madness or lunacy. [1, 2]
  • 2004 (The Shift to "Ninchishō"): Over time, "Chihō" acquired negative and insulting connotations. To reduce stigma and encourage early care, the Ministry of Health, Labour and Welfare rebranded it to 「認知症」 (Ninchishō) (cognitive disorder). [1, 2, 3, 4, 5]

2026年9月3日木曜日

日本の「認知症の日」に小倉金之助『日本の数学』を開く

  表紙の扉を開くと、「和算は、わが国の学問の中で最もよく日本人の独創性を発揮したものの一つである」と記されてある。 そのはずなのだが、小学生の頃の算数の授業、中学生の数学、高校と和算のことは授業になかった。 中学生の頃、ふとしたはずみで図書館で手にした解析学の本もヨーロッパの翻...