https://www.jma.go.jp/bosai/map.html#5/29.433/137.785/&contents=volcano
A の最初 P.1 の項目「 An Symbol for alternating group for a set of n members.」から Z の最後 P.472 の項目「Zu Chongzhi ( Tsu Chung Chi 」まで約 3,700 項目。
手元にある似たような読者層(高校生から大人まで)をターゲットにした『岩波数学入門辞典』が 674頁 というのを比較すると、Penguin の方がずっと小型。
実際に手に持ってみればもっとよくわかって Penguin は片手で軽く持つことができるけど、岩波のはちょっと無理で机の上だけになってしまう。ただ、文字は Penguin の方がちょっと小さく老眼が進んでしまうとちょっと苦しい。
が、しかしその文字の小ささを考慮しても、Penguin の方を私は選ぶ。
理由はいろいろあるが、実際の体験をもとに解説してみます。
続く
七夕前の日曜日の昼間、松尾スズキが演出する舞台劇「カッコーの巣の上で」を観劇してきた。舞台は40年前に建てられた県民文化会館のメインホールであった。
その日は、あいにく未明から大変な空模様で雨が強く隣の空き家の竪雨樋のうちの一本が支柱から外れかけて樋から溢れに溢れた雨水が暴き落ちて地面にバシャバシャと激しい音を立てていた。
この様子では県民文化会館西側の地上駐車場に停めると会館裏口まで濡れて大変なことになりそうで会館地下の駐車場に車を入れようとし早めに家を出ることにする。その会場に向かう途中、幸い雨は中休みになりつつあったが同じ思いで地下駐車場へ向かう車が珍しく列となっていた。その後尾に並んで、入り口付近の柱の横の駐車困難な位置が取り残され1台だけ空いていたおかげで、かろうじて地下に停めることができた。
続く
スティーブン・キングの小説はホラーだといわれるが、子供の頃から心のなかに育ってきた「ホラー = 恐怖小説」のイメージの「ホラー」ではなく、原書の英文で読むと日本語訳とはちょっと違った何かその背景にある「思想」が浮かんできて、そこに関心があった。
なぜスティーブン・キングの名を出したのかというと鈴木光司の小説を彼が亡くなったことをきっかけに最後の作品『ユビキタス』から読みはじめたとき、米国で「日本のスティーブン・キング」と呼ばれてるらしいという噂を知ってからだ。
鈴木光司の作品の英訳を手にしたことはまだないのだが、日本語で読んでみて彼が純粋数学をも含んだ科学的な背景を重視してホラー作品としているような気がしている。これは英文への翻訳者の手によって英文小説とするとき、ちょっと日本語作品とは異なるイメージが強調されたように感じるポイントかもしれず、少し気になった点のひとつである。
翻訳業に詳しいわけでもないのでえらそうなことはいえないが、20世紀末から21世紀にかけての頃にしばらくお付き合いした複数の翻訳者とのやりとりの経験からの直感です。そのうちのお一方は最近亡くなられましたが、副業で県知事の通訳もやっていたとき「知事はある程度英語ができるので通訳を通さず、短かいフレーズを勝手に喋るので困るのよ」というようなことを聞かされたことを思い出した。もうひとりの例は、来日した有名F1レーサーの通訳をしていた人だが、この通訳者は車、とくに外国車の熱心なファンであったし、マニアと呼べるような知識と体験を持っていた。本業は大学教授でした。
短いフレーズ (phrase) にたよる言葉遣いだと、受けとる側との共通基盤がある前提とそうではないものとの間に溝ができてしまう。また感覚的に溝がないとおもって進んでしまうとまた一段深い溝に落ち込む可能性ができる。その穴に落ちたり、そこから這い出たりすること、一般的な科学常識が反発することはホラー小説のきっかけになるかもしれない。
前置きが長くなったが、高木貞治『数の概念』ブルーバックス、2019.11.1 (電子版) の p.5 「序」の中に実数と直線と点の集合について古代からの歴史的な背景が「連続性」について、その「本質」に迫る解説の出発点として描写されている。
「実数は、……、ひたすら直感に依頼して、考察されたが、
19世紀の後半に至って、批判数学の発展の後、
連続性の本質が闡明(せんめい)されて、
始めて論理的の根拠を獲得したのである。」
高木貞治のこの実数論が展開されているのが『数の概念』で岩波書店から初版は、1949年に出版された。
この太字にした連続性の本質を明確にし理解するのは、経験上、振り返ると大学の教養レベルの段階では、実数の連続性の闡明されたことをわかるというよりは、テキストの例題を解いたレベルで滞っていた。
さて、鈴木光司の有名なホラー作品で映像化され、当時ほとんどの日本人が記憶に残した映像に井戸から這い出てくる貞子のイメージがある。
大正2年に出版された東京帝国大学助教授福来(ふくらい)友吉のある書(*1)の序は次のような文章ではじまっている。
「人生の向上は目的の自覚と手段の知識とを要する。科学は唯手段を示す丈のもので、人生の目的を教ふるものではない。」
それでは、この人生の目的を教えるものは何か?ということになる。
福来博士は、本来このための宗教・道徳も古いものはその権威を失ない、変るべき新しいものは未だ生まれていない、さらに人心は荒廃し、邪説淫行がひどく入り乱れ混乱、暗黒界が実際にあらわれ出ようとしている、と言う。
そこで
「深遠なる人生の意義を闡明し、… 、暗黒界に一道の光明を與え,人心の帰郷を確実にするため、 」
この人生の意義を闡明にするため、自らのように人間の精神心理を研究する学者としてやらねばならないことが 3 つある、と福来博士は言う。
こうして、心霊問題の第一番目として「透視と念写」についての研究結果を本書で発表している。
続く、
闡
*1 福来友吉 著『透視と念写』,東京宝文館,大正2. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/951182 (参照 2026-08-07)
震央の位置が気象庁発表の下図をみると、7月28日の16時半頃から日奈久断層帯に沿って北部から南西の方角へと移動していることがわかる。さらに、10年前の熊本地震の震央も日奈久断層帯の北部だったこともわかる。