表紙の扉を開くと、「和算は、わが国の学問の中で最もよく日本人の独創性を発揮したものの一つである」と記されてある。
そのはずなのだが、小学生の頃の算数の授業、中学生の数学、高校と和算のことは授業になかった。
中学生の頃、ふとしたはずみで図書館で手にした解析学の本もヨーロッパの翻訳本だった。代数がアラビアからはじまった話を知ったのはこの頃でした。あの頃、関孝和がやったことなどを聞いていたら、また人生がかわっていたかもと思う。高校性になって『塵劫記』のことを知っても所詮、算術の枠の中のことと見做してしまうこともなかったかもしれないと人生を振り返る。

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