2026年8月30日日曜日

ひる飯を食べて帰るとXTEINK X3 が届いていた

 思ってたよりも注文してから届くまで、それほど待たされなかった。(一週間ほど)

届いたパッケージを開けると思ってたよりもチッチャィ。ちょっと老眼には厳しいかなと思いながら説明書を読もうとしたら、このマニュアルの文字が小さい、現物に附属してた紙のはあきらめて、Webで読む。家のWiFiに接続し、手元のスマホにアプリを入れはじめた時点では、上に2個ボタン、下に2個のボタンの役目はさっぱりわかってなかった、ああメンド!そのものだった。

肝心の操作は、はじめはCrosspointやinkでなく、XTオリジナルのを version up して

XT V6.2.4

にした頃にやっとキー操作になじめてきた。なるほど、これは郷に入って郷にしたがうの理屈はもっともかもしれない。ボタンが持つ意味で、「OK」をどうやってるか!、のやり方に慣れるとあとは誤操作も何度か体験してボタンの配置と指の感覚をなじませてやればそれほど問題はなかった。

手元にあったグーテンベルグからの epub ファイル と Ginger Classics の Amazonプリントを見比べてみて、紙で目の前に文字がイッパイ広がるよりも、 X3 くらいの画面の方が脳が集中し読む気になるような気がしました。

たった 2時間あまりの体験でしたが、なかなか面白い、この X3 は。

細かいことを気にしないで、さらに色々様々な制約を超えて余裕を持って読書を楽しむスタイルに挑戦中。

2026年8月28日金曜日

暑さを理由にひきこもりしてたが

正午に Turtle runner のように暑くても500メートルくらいは外を歩いてみた。

するとこのところ水道水がいやに熱いというか体温くらいの熱を持っているわけのひとつを発見したような気がする。




近所の shopping center が外壁を塗り替えている様子

Shopping center 南の位置にある小野川の側道から眺めた。



2026年8月27日木曜日

気候変動とわれわれの日常生活

 このところ日本で、地震、大雨などが日本のあちらこちらで連続し発生している。いや日本だけではない、この地球の各地で災害が連続して起き人々の日常の生活が破壊され続けている。

地球環境を破壊するなと昔から云われ続けてきているが、我々人間も地球のほんの一部にしかすぎない存在なので、地球をちょっとでも壊すということは、自分の身体をほんの一部でも傷つけていることになる。問題はその傷のつけ方の質と量だ。

地球上の人間の数をざっとでも数えれば20世紀半ばの約25億人と現在が約83億人という世界人口の数を知れば、普通の感覚では地球の中味が拡大しているわけでもなく取り巻く大気もふくらんでいるわけではないことから、単純に考えても傷の数とその影響等は、コンピュータが製造された頃と現在では、何倍にもなってきている。

さらに質の問題は、人間の存在そのものにかかわる傷のつけ方もあり、ここでは複雑としか言えないと言っておくにとどめる。

この機会に私的にだが、コンピュータとネットに依存している日常生活の部分について、目に見えるような物質的な質量を減らし、エネルギー量も少なくするように工夫する事とした。

いやこれは、わびさび、甲と乙のようなもので趣味の宇宙のなかでの話しです。


2026年8月25日火曜日

背の高い手水鉢を見ておもいだすことなど

 

山田芳裕作の『へうげもの』を再読していて、

ふと第百二十七席「夕方 MY BEST FRIEND」に登場させた「背の高い手水鉢」のことをきっかけに秀吉に語る主人公(古田織部)の場面等から、昔、古い家の隅にあった旧式のトイレットを思い浮べました。


形はこのようなものでなく、瀬戸物の水が張った鉢が子供心には大きな置き石の上に乗っかっており柄杓で水を汲んで手洗いをすませるようにしつけられました。


手水鉢の向うは垣根になっており、見えないところに井戸がありました。

このコマの吹き出しには「屈んで袴を汚すことのないよう……」とありましたが、子供の私にはちょうど横に縁側があってそこから手が届くので使い勝手はわるくなかったです。

この第百二十七席は、明国征服を目指し朝鮮出兵したが苦戦し苦悩する秀吉がタイトルにあるように「MY BEST FREND」とし、1598年3月に伏見の醍醐寺に植えられた700本の桜に囲まれ、女房衆1300余りに各3着の着物を揃え、天下に醍醐の花見を戦争の苦悩を忘れるかのように盛り上げていた。

この MY BEST FRIEND 主人公織部(おりべ)との茶席に、秀吉が信長との回想場面のなかでやりとりする会話でてくる。信長が「ダール・イ・レゼベール」と秀吉に語り、それを秀吉は「愛」と受けとる過去の席に出たシーン。


これはどうもポルトガル語のようで

    dar e recebe

と言っているようで、日本語にすれば

    授受

フランス語なら donner et recevoir 独語だと Geben und Empfargen

過去のシーンのコマでは 英語でギブ アンド テイクになってたような気がするが確かめてない。

でも 英語に訳すと、give and receive じゃないかな?

しかし、現代日本語のセリフで授受は聞き取りにくいようだし、受授と誤用するようなかんじもしてきた。セリフはむずかしい。

まあ、それを「愛」としたところがミソかもしれない。



2026年8月20日木曜日

いつもお世話になっている書店で入手

 

今日、市内のデパートの中にある書店にいくと売り切れの札が立っていた。有名作家の最新作などはたくさん棚に並んでいたのですが。


2026年8月17日月曜日

夏のおわりかけに「わびさび」のことなどをおもう


このところ目の前に置いてるCASIOの電子辞書を引く。はじめに「デジタル大辞泉」では「わび(侘び)の項で、

(1)茶道・俳諧などにおける美的理念の一。簡素の中に見いだされる清澄・閑寂な趣。中世以降に形成された美意識で、特に茶の湯で重視された。→寂び

(2)閑寂な生活を楽しむこと。

(3)思いわずらうこと。悲嘆にくれること。

「今は我(あ)は一そしにける息の緒(を)に思ひし君をゆるさく思へば」万葉集・六四四>

と、3通りの解釈がある。

なるほど、(1)は茶道、俳諧か、どちらもその道には今迄の人生ではふれかかりそうになったことはあったが、はなれてしまった道となってしまい、はるか彼方に去った。

(3)は、なるほど和歌では恋の用例がある。

とすると、自分が今一番関心があり、人生の教訓としたいのは(2)だ、とくに現代ではテレビ・新聞も日々、AI,AI,AI……生成AIだよ!とその繰り返しで洗脳モードかと勘繰るほどの反復姦しい日々にあっては 、もとはシンプルなチューリングマシン原理から生まれたはずだが、ネットの大海がデータ倉庫なるものに収まるようになってからは、簡素なものからますます遠ざかってしまった。


チューリングマシンには美意識があったように感じたのだが、残念としか言いようがないことになっている。


では、どうやって具体的に不可欠となってしまったネット社会で、閑寂な生活を楽しむかが課題だ。


 

 

 

 

 

タイヤ交換しにお店へ

 買ったときからそのままだったファイアストーンを REGNO に交換しようと、お店に行った。ちょっと時間がかかったが三人の店員さんと話しができて面白かった。




































おかわりはいかがですか?と聞かれ、
カルピスを注文してしまいました。





































交換整備完了の書類にサインするとき、このカップの底に残ったのが役目を果した。


2026年8月14日金曜日

2026年8月10日月曜日

参考書 'Penguin Dictionary of MATHEMATICS' を買った

 











A の最初 P.1 の項目「 An  Symbol for alternating group for a set of n members.」から Z の最後 P.472 の項目「Zu Chongzhi ( Tsu Chung Chi 」まで約 3,700 項目。

手元にある似たような読者層(高校生から大人まで)をターゲットにした『岩波数学入門辞典』が 674頁 というのを比較すると、Penguin の方がずっと小型。

実際に手に持ってみればもっとよくわかって Penguin は片手で軽く持つことができるけど、岩波のはちょっと無理で机の上だけになってしまう。ただ、文字は Penguin の方がちょっと小さく老眼が進んでしまうとちょっと苦しい。

が、しかしその文字の小ささを考慮しても、Penguin の方を私は選ぶ。

理由はいろいろあるが、実際の体験をもとに解説してみます。

続く




県民文化会館開館40周年記念「カッコーの巣の上で」

 七夕前の日曜日の昼間、松尾スズキが演出する舞台劇「カッコーの巣の上で」を観劇してきた。舞台は40年前に建てられた県民文化会館のメインホールであった。

その日は、あいにく未明から大変な空模様で雨が強く隣の空き家の竪雨樋のうちの一本が支柱から外れかけて樋から溢れに溢れた雨水が暴き落ちて地面にバシャバシャと激しい音を立てていた。

この様子では県民文化会館西側の地上駐車場に停めると会館裏口まで濡れて大変なことになりそうで会館地下の駐車場に車を入れようとし早めに家を出ることにする。その会場に向かう途中、幸い雨は中休みになりつつあったが同じ思いで地下駐車場へ向かう車が珍しく列となっていた。その後尾に並んで、入り口付近の柱の横の駐車困難な位置が取り残され1台だけ空いていたおかげで、かろうじて地下に停めることができた。


続く



2026年8月9日日曜日

日本国内の熊本とそれ以外の地震回数(震度1以上)、(7/26 - 8/10 15:05 JST)

        日            熊本            それ以外
7          26                0                5
            27                0                4
            28            106                4        (熊本 M7.1)
            29            113                5
            30              51                4
            31              32                5
 8           1              29                3
              2              26                7
              3              14                4
              4              20                6
              5              10                8
              6              19                2
              7                7                6
              8                6                8
              9              12                5         (岩手 M5.6)
            10                9                3
                
参考
USGS Magnitude 2.5+ Earthquakes     2026.8.9 9:45  JST.

USGS Magnitude 2.5+ Earthquakes      2026.8.10 15:10 JST 

M4.4   Maibara, Japan 




2026年8月7日金曜日

高木貞治『数(すう)の概念』に使われた語句から連想したこと

 スティーブン・キングの小説はホラーだといわれるが、子供の頃から心のなかに育ってきた「ホラー = 恐怖小説」のイメージの「ホラー」ではなく、原書の英文で読むと日本語訳とはちょっと違った何かその背景にある「思想」が浮かんできて、そこに関心があった。

なぜスティーブン・キングの名を出したのかというと鈴木光司の小説を彼が亡くなったことをきっかけに最後の作品『ユビキタス』から読みはじめたとき、米国で「日本のスティーブン・キング」と呼ばれてるらしいという噂を知ってからだ。

鈴木光司の作品の英訳を手にしたことはまだないのだが、日本語で読んでみて彼が純粋数学をも含んだ科学的な背景を重視してホラー作品としているような気がしている。これは英文への翻訳者の手によって英文小説とするとき、ちょっと日本語作品とは異なるイメージが強調されたように感じるポイントかもしれず、少し気になった点のひとつである。

翻訳業に詳しいわけでもないのでえらそうなことはいえないが、20世紀末から21世紀にかけての頃にしばらくお付き合いした複数の翻訳者とのやりとりの経験からの直感です。そのうちのお一方は最近亡くなられましたが、副業で県知事の通訳もやっていたとき「知事はある程度英語ができるので通訳を通さず、短かいフレーズを勝手に喋るので困るのよ」というようなことを聞かされたことを思い出した。もうひとりの例は、来日した有名F1レーサーの通訳をしていた人だが、この通訳者は車、とくに外国車の熱心なファンであったし、マニアと呼べるような知識と体験を持っていた。本業は大学教授でした。

短いフレーズ (phrase) にたよる言葉遣いだと、受けとる側との共通基盤がある前提とそうではないものとの間に溝ができてしまう。また感覚的に溝がないとおもって進んでしまうとまた一段深い溝に落ち込む可能性ができる。その穴に落ちたり、そこから這い出たりすること、一般的な科学常識が反発することはホラー小説のきっかけになるかもしれない。

前置きが長くなったが、高木貞治『数の概念』ブルーバックス、2019.11.1 (電子版) の p.5 「序」の中に実数と直線と点の集合について古代からの歴史的な背景が「連続性」について、その「本質」に迫る解説の出発点として描写されている。

実数は、……、ひたすら直感に依頼して、考察されたが、

19世紀の後半に至って、批判数学の発展の後、

連続性の本質が闡明(せんめい)され

始めて論理的の根拠を獲得したのである。」

高木貞治のこの実数論が展開されているのが『数の概念』で岩波書店から初版は、1949年に出版された。

この太字にした連続性の本質を明確にし理解するのは、経験上、振り返ると大学の教養レベルの段階では、実数の連続性の闡明されたことをわかるというよりは、テキストの例題を解いたレベルで滞っていた。


さて、鈴木光司の有名なホラー作品で映像化され、当時ほとんどの日本人が記憶に残した映像に井戸から這い出てくる貞子のイメージがある。

大正2年に出版された東京帝国大学助教授福来(ふくらい)友吉のある書(*1)の序は次のような文章ではじまっている。

「人生の向上は目的の自覚と手段の知識とを要する。科学は唯手段を示す丈のもので、人生の目的を教ふるものではない。」

それでは、この人生の目的を教えるものは何か?ということになる。

福来博士は、本来このための宗教・道徳も古いものはその権威を失ない、変るべき新しいものは未だ生まれていない、さらに人心は荒廃し、邪説淫行がひどく入り乱れ混乱、暗黒界が実際にあらわれ出ようとしている、と言う。

そこで

「深遠なる人生の意義を闡明し、… 、暗黒界に一道の光明を與え,人心の帰郷を確実にするため、 」

この人生の意義を闡明にするため、自らのように人間の精神心理を研究する学者としてやらねばならないことが 3 つある、と福来博士は言う。

  • 生命の問題
  • 性の問題
  • 心霊の問題

 こうして、心霊問題の第一番目として「透視と念写」についての研究結果を本書で発表している。

続く、


  • 明らかにする
  • 視界をさえぎっていた門をはじき開いてあらわにするの意味。(新漢語林)



*1 福来友吉 著『透視と念写』,東京宝文館,大正2. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/951182 (参照 2026-08-07)


松山市内に雨がふりはじめた

 石手川ダム流域平均雨量がひさしぶりにゼロから上昇